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黒い球(短編小説)

寒い冬の夜、Mは自分の部屋で明日提出しなければならないレポートを書いていた。

時計は23時を回っている。レポートは、とても翌日には提出できない量だった。

1週間前からコツコツと片付けていれば…と悔やむ暇もない。

徹夜しても終えることが出来るだろうか。そんな気持ちとレポートの量から、Mは手を動かすのを止めた。

レポートを提出しないと成績が落ちる。成績が落ちると両親からは冷めた目を向けられる。そうすれば更に勉強なぞのやる気は削がれ、そのまま堕落していく。

そんな負の連鎖を想像して、Mは深いため息をついた。

 

Mは机の上に散らばっている全ての消しカスを片付けようと、レポートと参考書をどかした。

 

すると、机の端に黒い球のような物体を見つけた。

大きさは小指の爪ほどで、鉄のように堅い。それにしても重さを感じない程に軽いので、少なくとも消しカスではないのだろうと気付いた。

こんな玩具持っていたかと思い出そうとするが、いくら考えても思い出せないし、買った記憶も貰った記憶もない。

レポートそっちのけで、その黒い球に興味を持ったMは、深夜までそれをいじくり回していた。

 

その日の学校はレポートを提出することも出来ず、その上遅刻した。

教師からも親からも酷く叱られ、心身ともに疲れ果てたまま自室に戻って行った。

エナメルバッグを放り出し、ベッドに横たわる。

 

Mの成績は月を跨ぐ度に下がっていっていた。Mの言う両親や教師からの叱咤激励は至極当然の成り行きなのだが、やはり簡単には納得できていなかった。

もういっそ放っておいてくれたらどんなに楽だろうか。どんなに自由でいられるだろう。

行きようのない不満を吐き出すことも出来ず、Mはそのまま眠りにつこうとした。

 

 

ふと、昨日見つけた黒い球のことを思い出す。

ベッドの横にある棚にしまっていたそれを取り出し、部屋の明かりを背にして、まじまじと見つめる。

 

Mは疑問に思った。

 

昨日より大きくなっているのだ。少なくとも小指の爪では収まりきらないほどに。

使い古されて角がなくなった消しゴムくらいだろうか。とにかくこの黒い球は一晩で、一回り大きくなっていた。

見間違うはずもない。重さや堅さこそ変わらないものの、間違いなく巨大化している。

 

Mは疑問に思うと同時に、この黒い球の正体が気になってしょうがなかった。

しかし今は、何よりも先に課題の山を消化せねばならないことが心苦しい所であった。

 

 

 次の日、Mは以前のレポートを全て終わらせ、提出した。

教師からの唐突な抜き打ちテストにも対応出来たし、帰りには友達とカラオケで楽しんだ。

日頃のストレスを発散出来たような1日であったが、その日、黒い球に大きな変化はなかった。

 

時間が経過すると共に大きくなるものだと推測していたが、どうやら違っていたらしい。

特定の条件を満たすと徐々に膨らんでいくと睨むが、その条件に何の心当たりもないので結局放置する他になかった。

 

 

その翌日は最悪の日になった。

寝坊して遅刻するだけでなく、登校中に自分の財布をどこかに落とす。

お金がないので昼飯を買うことも出来ず、更には体育の最中に無様に転び、足を怪我する。

親からは当然咎められ、帰宅する頃には、かつて無い程Mは疲弊していた。

 

が、いつものようにベッドに横たわることもなく、Mは棚にしまってある黒い球を取りだそうとした。

もはや習慣付いてきている。黒い球の変化に魅入られてしまったからだ。

 

 

不審に思う点があった。

黒い球は、棚の中にある木箱に大事にしまっていたのだが、その木箱の蓋が外れている。

いや、外れると言うより、外されている。落ちている。そう言ったほうが正しいか。

 

もしや・・・。

考えるより先に手が出て、木箱から乱暴に黒い球を取り出した。

 

案の定、黒い球は大きくなっていた。

 

中にしまってあった黒い球が膨らむことにより、木箱の蓋は耐え切れず外れたのだ。

木箱の大きさは、よく使うコップと同じくらいの大きさ。つまりその蓋が外れたということは、今までとはケタ違いに巨大化しているということだ。

一回りも二回りも。

 

ここでようやくMは気づいた。

この黒い球は、自分の感じるストレスによって変化すると。

特に不の感情が高ぶる度に、大きくなってゆくのだと。

 

怪しく黒光りするコレは傍から見れば不気味であるが、Mからしてみれば自分を癒す物に他ならなかった。

Mはこの黒い球しか生活の楽しみはない。それが日ごろのストレスに応じて変化するものなら尚更手放すことは出来なかった。

 

このまま大きくなり続けたらどうなるのか。中に何かが入っているのか。

Mは期待に胸を膨らませた。

 

 

 

それから十日後。

黒い球は、バスケットボール並に膨らんでいた。

それに、大きさ以外でもある変化が起きた。

黒い球が脈を打ってるように見えるのだ。心臓のように。

ドクン、ドクンと動いている。黒い球は生物に進化したとMは感じた。

 

しかし、Mは喜ぶことなく困り果てた。

バスケッドボール並に大きくなり、脈を打ったところまでは良い。

良い・・・のだが、それは自分のストレスによって黒い球が変化すると気付いた日から、五日後の出来事であった。

今はそれから十日後。そう、黒い球の変化は五日後のそこでピタリと止まってしまったのだ。

 

何故止まったか、大体の推測はつく。

Mはストレスをストレスだと認識できない体質になってしまったからだ。

ストレスを貯める度に黒い球は大きくなっていく。それに気づいたMは、自らストレスを蓄えようとした。

黒い球の変化をもっと見たかったからだ。

もっとストレスが欲しい。もっと自分を叱ってくれ。

次第にMの脳はストレスのような不の感情を、喜びの感情と認識するようになった。

 

すると黒い球はMの感情に反応しない。

脈を打つ変化から止まってしまった。

 

黒い球が大きくならないことにストレスを感じるMであったが、そのストレスには反応しないらしい。

 

為す術がないまま、更に月日が経った。

 

 

 

Mの不のエネルギーを吸い取れない黒い球は、次第に脈がなくなり死んでしまった。